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「せっかくだから大塚に習って、ようするに構造『萌え』なんだと認め(たふりをし)ませう」
「せめて、構造フェチと呼んでもらいたいのですが。つーか、自分のことを構造フェチと言い切った大塚氏に萌え(マテ」
「たっちゃんのは萌えだな」
という、愛に溢れるツッコミをいただく。
まあ、私も大塚氏も、物語が好きすぎた罰が当たっているだけなのだが。
とはいえ、私もさすがに、大塚氏の、トトロ批判のくだりには同調できない。
White氏もIRCで言及していたのだが、大塚氏の言説には、「宮崎にしろ富野にしろまず絵があるって点に対する配慮が決定的に欠けている」からだ。漫画や映画とは、物語の前にまず、絵が観客の目の中に飛び込んでくる。それが、漫画や映画のレイアウトというものだ。
他に、私と大塚氏との間で説が分かれそうなところと言えば、
・大塚氏の『千と千尋の神隠し』が、「婆皮」をベースにしているという論には反対である。私はむしろ、「雪の女王」をベースにしていると考えた方がすっきりすると思う。まあこれは、より大きな視点で見れば、「雪の女王」も「婆皮」も、話の類型としては類似しているので、だからどうしたって話なんだけども。
・大塚氏は「物語=データベース」的なものの見方に批判的なようだが、私はむしろ、「物語=データベース」そのものであると捕らえている。
・大塚氏は、ファンタジーの様式を採用することが、意味や主張の成立を招くと言うが、私はむしろ、ファンタジーの様式の採用こそ、意味や主張を希薄化する(唯一の)鍵であると考えている。なぜならば、ファンタジーの様式とは、表現行為に対する傾倒そのものだからだ。
こんなところだろうか。どれもこれも、深入りし出すとキリがない話なので、今回はパス。
………といっても、いつか決着を付けなきゃいけないところなんだよなぁ。ここら辺の哲学は、私の著作権法に対する考え方にも密接に絡んでいる問題点だし…。
今日のおまけ
雪駄氏が見つけてきたウテナ論。
ちょっと、哲学的思想に偏りすぎているけども、ワリと良く書けていると思う。
酒を呑みながら、量子力学の本を読む。今度、N◎VAのシナリオのネタに使おうと思っているのだ。アクトタイトルは、「シュレーディンガーの猫」…って、いつ、完成するんだろう(汗)。
お話としては、前回ほどには進展せず、嵐の前の静けさのような展開だった。
結論、セレスティアル・ゲート、駄目です。
いきなり世界がギャグ一色に染まります。
解説部分のセレスティアル・ゲート関連のコメントは面白いんだけども、ぞれをセッション中に実際に目にすると、萎えますな、これは。身内で話し合った結果、セレスティアル・ゲートは、序盤から中盤に駆けてのコミックリリースとして登場させ、シナリオの終盤には退場させるべきであろう、という結論に到達した。
http://www.sp-janis.com/dlsf/aniseed2.shtml
ああもう、私はどこに突っ込めば良いんだか?
半年ほどばかり放置になっていたライトノベルに、ようやく手を付ける。
個人的には、この小説、思いっきりハマルか、大激怒のあまり本を投げ捨てるか、無感動に本を書庫にしまうかのさん宅だと思っていたが…私が取った選択肢は、三番目だった。
別に、この本を貶しているわけじゃない。「物語る」ことについて深く考察史、それに形を与えて表現した、良書だと思う。だが、この物語は、既に物語ることを始めた私にとっては、無用の長物だったのだ。この本が如何に誤読されるか、その過程もなんとなくシミュレートできる分、げんなり感が大きいとも言えよう。
まー、しかたがないな。
島田裕巳『日本人の神はどこにいるか』ちくま新書
良書。読むと神が身近に感じられる一冊だ。
といっても、別に(いわゆる)宗教の本じゃない(そもそも、私から言わせれば、古代宗教特有の矛盾を抱えていないため、新興宗教というのは、およそ一貫性がありすぎて逆に薄っぺらいのだが)。
いわゆる日本人的な感覚(無神論者)が、世界的に如何にずれた感性かを説き、一般的な宗教的感情というものについて説明を施している。ムスリムといえども、日に五回の礼拝を必ずするものではなく、必要に応じて戒律を守ったり破ったりするという話だ。結局、宗教とは、人間が生きていく上で必要とされるシステムに過ぎず、信者の生活にあわせてか変可能なシステムに過ぎないというわけだ(それでも、最後に越えてはいけない一線というものは常にあるが…例えば、ムスリムであれば豚肉を食べない。他の教義に比べ、豚肉を食べないと言うことは、生活の重大な侵害とはなり得ない、豚肉を食べなくても生きていけるから、ということが理由では無かろうか?)。
また、一神論と多神論との間に本質的な差異はないと説く。たとえ一神論といえども、多くはそこ二世じゃ新興を見いだすことができ、それが事実上、多神論と親和性を有するからだ。
宗教もまだまだ捨てた門じゃ無いなぁと、読んでいて思ったりした(といっても、私個人が“特定の”宗教に入れ込むことはないと思うけども…個人的には、人間に必要なのは信仰であって、宗教ではないと思っている)。
む…反省材料多し。もちっと、きっちり読み込んでから演出しないと駄目だよなぁ。
「輪廻の十字路」ほど、惚れ込んだわけではないから、読み込み不足だったのかしら…?
あーそれよりも、初快挙。
身内でブレカナプレイして、はじめて殺戮者を殺しました(除く、「竜殺し」)。
「ぉぃ」
なんつーか、如何に身内が歪んでいるか、良く分かるなぁ(苦笑)。
DVD鑑賞。新聞社の内幕を描いた映画。普通に面白い。
む…時系列無視型の作品としては、ブギーポップの方が、面白いかもしれない…。
えっと、また誘ってもらえれば幸いです。
「は?」
ギーアンをプレイして、幾つかルールでもめることがあってね。そのとき、2chネタで、「心のルールブック」のお話が出まして。心のルールブックの由来をはじめて知りました。
「もう、見てらんない」
よーしパパ、頭にネクタイ巻いてセッションしちゃうぞー。
「いいから黙れ」
D&D3rdは新章に突入。
またもや新規でふたり参加した。ひとりは完全に新規参入、ひとりは前回コミュニケーションエラーを起こして仲違いになったドワーフキャラを廃棄して新しいキャラを作成。しきり直しに近いため、戦闘バランスのテストも兼ね、まったりと戦闘を楽しむセッションだった。
火塚がSFを読むなんて、基本的に珍しいことだ。
White氏が強く薦めるので、なんとなく気になって、注文していた一冊だ。ようやく先日、読んでみる気になった。
んで、結論。
あ、こりゃ、べらぼうに面白いわ。
基本的に量子論の話しかしていないのだが、その量子論そのものが物語の鍵を握るため、量子論の話をすれば自然に物語が先に展開するようになっている。火塚的に怖れる、物語とSF敵解説とが乖離を起こすという現象をうまく回避している。ああなるほど、SFにはこのような書き方もあったんだなぁと感心することしきり。
と、ふと思い至る。そう言えば、N◎VAでまだ、ハードSFなシナリオって、未だお目に掛かったことも、作ったこともないなぁ。大抵のN◎VAは、ハードボイルドかジャパニメーションな話になってしまう。N◎VAも一応、サイバーパンクに分類されるのだから、ハードSF調なシナリオがあっても言いように思うのだが…よし、シナリオを作る前提調査として、少し量子論について調べてみるか。
そのあと、三人ばかりで呑みに行く。
話の主題の多くは、個人的な暴露話だったのだが(まあ、恋人がいるかいないかとか、仕事はどうだとか、この酒が好き嫌いだとか、そういう話だ)、そこでちらほら出てきたTRPG話。最近、個人的なトピックスとなっている、TRPGとコミュニケーションエラーの話。
認識の違いとかを、まざまざと見せつけられる。ここまで認識にズレがあると、正直棲み分けをしなければならないのかなぁとか、ぼんやりと思ったり思わなかったり…。
とはいえ、それ以上に凹んだのは、私自身がコミュニケーションエラーを起こしていること。んー。んー。前向きに善処します。
いや、本当は、ここで少しでも、その話に触れた方がいいんだけども、もチット咀嚼して唐物を書かないと単なる愚痴と言い訳になりそうなので(つーか、全面的に自分が悪いとは思いたくないし。…あれは、なぁ、むしろ、面白いに対する認識の違いであると言いたいのだが)。
シナリオが早めに終わったので、GMだけ交換して、同じ面子で引き続きブレカナをプレイ。
私の方から半分ごり押しする形で、“聖女”マドレーヌ(マーテル=アクシス=フィニス)で参加する。
「よりにもよって、娼婦キャラかよ…」
いやまぁ、幸運なことに、GMが、マドレーヌの設定を大変気に入っているようなので(言い訳がましく)。
んで、オープニングから飛ばす。いきなりベットシーンだ。どうにもGMが羞恥心を拭えないらしく、ちぐはぐなシーン立てとなってしまった。…むう、やはり、マドレーヌのキャラ立ては、難しいなぁ。
「というか、お前が悪い」
仰るとおりで。
やっぱり、こういうキャラは、周りが引くねぇ(苦笑)。
こういうキャラでも、周りが反応できるようなキャラ立てをするスキルを身につけないといけないなぁ。
「そもそも、そういうキャラを作ること自体ヤメロ」
いやしかし、こういう、古代や中世やファンタジーに出てくるようなキャラで遊ばないと、私個人としては、ブレカナを遊ぶ必要性はまったくないわけだし。つーか、ブレカナぐらいよ? ファンタジーの殻をかむった似非SFではなく、ちゃんとしたファンタジーを遊べる世界観を備えたシステムなんて。ブレカナで、いわゆるソード&ソーサリーに出てくる普通の戦士とか作ったって面白くも何ともないって。
「そして、世界初」
情報収集のために、ゴッタード男爵に春を売るマドレーヌ。
つーか、PCキャラではじめてじゃねーのか? ゴッタード男爵に抱かれた女性キャラなんて(爆死)。
「ちなみに、この男、そのシーンを嫌がりもせず、嬉々としてプレイしていました」
だって、娼婦なんだから、春を売らないでどうするんですか!?
「周りが引かない程度にな」
まあ、今回は、周りが引く引かないという話はともかく、キャラがシナリオにあまりマッチしていなかったかもしれないと、凄く反省した。キャラが変な分、キャラをたくさん作って、導入パターンを増やした方がいいなぁ。
深夜、N◎VAの「アマデウス」をプレイする。
「アマデウス」というと、N◎VAのレボリューションが発売された直後、GF誌に掲載された、N◎VAの初期の傑作シナリオだ。昔から、一度はRLなりPLなりをやりたいと思っていたシナリオだが、ようやく念願が叶う。
そして、セッションは期待を裏切らず、予想通りに楽しいセッションだった。ちなみに、参加キャラは春子ジョースター。またもや、ほのかに良い気になってみたりする。
むう、春子もいい加減、キャラを固めないといけないよなぁ。
深夜、居残った面子で、とりあえずブレカナを遊ぶ。市販シナリオの「七つの鐘の音」だ。宗教的な蘊蓄に飛んだシナリオなので、個人的には結構お気に入り。もちっと、情緒豊かに演出してもらえれば良かったんだけどなぁ…。
参加キャラは、“天慧院の騎士”“本の使い手”ウォルター・ベッカード(ディアボルス=アクシス=アダマス) 。
む…正直、キャラを掴むのに失敗した。仕方がないので、「魔神を封印する定めを負っている」とか、適当抜かして、適当に俺(E)チックなプレイで誤魔化してみた(ぉぃ)。ふうむ、このキャラは、やはりどうにも、純粋にアクシス関係かアダマス関係かで導入しないと、キャラ立てがうまくいかないっぽいなぁ。魔術師の傲慢さと騎士の気高さとを備えたキャラなので、そういうのを発揮する余地がないシナリオだと、どうにも辛いかもしれない。ただ、傲慢なだけ、ただ、気高いだけではなく、それが、魔術師や騎士という職業に結びつけられるようなシーン立てがないと、キャラが立たないようだ。
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