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■シナリオの構造
本シナリオにおいて、ハッピーエンディングにたどり着くには、プレイヤーたちはいくつかのチェックポイント・条件をくぐり抜ける必要があります。ここでは、その条件を示すことで、本シナリオの構造を明らかにし、マスタリングの手助けとしたいと思います。
本シナリオでのハッピーエンディングの条件は、シーン16:説得で、お末を説得していることです。今回の猿婿騒動はお末に端を発した問題であり、あくまでお末個人の問題です。お末自身の手で解決しない限り問題の根本的解決はありえません。だからこそ、猿婿を殺すにしろ、殺さないにしろ、お末の了承が絶対条件となります。
では、シーン16:説得でお末を説得するために必要な情報はなんでしょう。
まず、推測とはいえ、お末の計画を正確に理解していることです。そのためには、シーン11:お次で麻馬が神隠しに遭ったことを聞いていることと(シーン11以外でも情報は渡せますが、このシーンが一番確実に情報をプレイヤーたちに渡せるでしょう)、シーン14:部屋で『一石道人の法術書』を見つけることが必要です。つまり、麻馬が神隠しに遭っていることがわかれば、『猿婿どん=麻馬』の可能性が推測可能になります。『法術書』を見つければ、お末が命をかけて麻馬の呪いを解こうとしていることに気が付くはずです。
その上で、『しゃべるなのタブー』に気が付いてあげる必要があります。結局『しゃべるなのタブー』に気が付かないと、お末との交渉は、平行線をたどったままとなりかねません。
麻馬が神隠しに遭ったという情報は、おしゃべりなお次を出すことで解決するとして、問題はプレイヤーに如何にして『法術書』を見つけさせるかです。そこで用意されたシーンが、シーン6:日記、シーン7:風呂、シーン8:お末です。シーン6:日記で日記の存在を知らせ、忍びこむ動機を与えます。また、この段階で、PCに『死ぬ』ことの意味をお末に問いかけさせてください。通常の人間の感性なら、お末の異常に気がつくでしょう。シーン7:風呂も、忍びこむ動機を与えるに足る情報といえます。最後に、シーン8:お末では、GMは、必ずお末に『法術書』を食い入るように読ませてください。彼女の心は不安でいっぱいです。何かしていないと、死の重圧でつぶれてしまうでしょうから。GMは、プレイヤーにお末はなにか読んでいるようだねと告げてください。日記の存在、『死ぬ』ことの意味を問いている、一心不乱になにか読んでいる、この3つの情報は必ずプレイヤーに与えてください。まあ、表向きの依頼がお末の護衛にある以上、これらのシーンを素通りするということはまずありえないでしょう。素通りされたら…PCに仕事の信義を問うてください。少なくとも一人は護衛の任についてくれと。ここまでやってもプレイヤーが『法術書』を見つけられないならば、それはプレイヤーの責任と考えてよいでしょう。
本シナリオのコンセプトが昔話にある以上、『しゃべるなのタブー』という不思議は、プレイヤーの皆さんに気が付いてもらいたいところです。
従って、プレイヤーが自分の推測に確信を持ちたいという場合でない限り、≪情報通≫を振らせないでください。
では、どうやってPCたちに『しゃべるなのタブー』に気が付かせるか。GMはシーン8:お末、シーン16:説得でお末が「話せない」ことを強調してください。「話したくない」ではなく、「話せない」「話してはならない」のです。「どうか、末の事情もご推察ください」とまで言えば完璧でしょう。これで気付いてくれない場合…プレイヤーの責任と考えましょう。
■シナリオの演出
本シナリオで大切なことは、NPCとの会話が促進しやすい雰囲気作りです。
シーン7:風呂の目的でも書きましたが、シーン3:宴会、シーン4:月下(ここがしっかりしていれば、次のシーン5:庭園、シーン6:日記が生きてきます)、シーン7:風呂は、しっかりと演出してください。
このような安らぎがあるシーンがあるからこそ、お末に対して感情移入が可能になり、結果、エンディングが生きてきます。
■猿婿どんが猿になる条件、人になる条件、妖となる条件
●猿に堕ちる条件
「だって猿でしょ!結ばれっこないわ!」
猿婿どんが人に戻れないことが確定した上で、お末が猿婿どんを拒絶することです。
お末は確かに麻馬を猿にしてしまった負い目を感じています。麻馬の呪いを解いて、できれば麻馬と結ばれたいと考えています。しかし、猿のままの麻馬とは結ばれたいとは考えません。お末だって人の子です。人でないものに対する純粋な嫌悪を持ち合わせています。酷なようですが猿婿どんは所詮猿なのです。人でないものとは決して結ばれない。これは『猿婿』に限らず、日本の動物婚をテーマにした昔話すべてに共通することです。『田螺長者』も結局、田螺長者が人になったからこそ結ばれたのです。
実際のプレイでは、シーン16:説得でお末が質草の喩えを持ち出したのに対し、銃槍使いが、「目えつむって、手を伸ばしてみな。そのとき手の中にあったのが答えってやつさ」と答えました。目をつむって得た答えとして、婚礼の儀でお末は生き胆をささげようとしますが、プレイヤーがすでにお末の懐刀を竹光にすりかえていました。これでは自害しようがありません。お末は計画が達成し得ないことを知り、思わず猿婿どんが麻馬であったことを叫んでしまいます。猿婿どんはもう人には戻れません。ならば、猿のままでもよいではないかというプレイヤーの問いに対し、お末は「だって猿でしょ!結ばれっこないわ!」と答えてしまいました。
この瞬間、猿婿どんは猿に堕ちたのです。
セッションではその後、銃槍使いが猿婿どんの頭を打ち抜いて話の幕が引きました。
「あんた、もう答えを選んじまったんだぜ」
猿婿どんの拒絶が、お末の選んだ答えだったのです。
●人に戻る条件
「これが末の花嫁道具です。どうぞお納めください」
もちろん、人の生き胆を猿婿どんに食べさせることです。
また、お末に対する説得が説得的で、かつ、その手法が神話的手法に乗っ取っていれば、奇跡が起きてしかるべきでしょう。
実際のプレイでは、戦闘用傀儡がお末を説得し、≪胡蝶の夢≫によって、『しゃべるなのタブー』に辿り着きました。そこでPCたちはお末と一緒に裏山に登り、山神様に神話的説得を試みました。すなわち、山神様に酒を飲ませておだてる、ということですね。奇跡は起きました。
まあセッション自体は楽しいものでしたが、葛藤も何もなく、3、4時間でセッションが終了してしまいました。結果、傀儡系が禁止アーキタイプに昇格することとなった、いわくつきのセッションです。
●妖となる条件
「猿婿どのを殺していただけませんか?」
猿婿どんの殺害を決意するだけです。
ただし、だからといってすべて戦闘で解決すべきものではありません。場合によっては、戦闘シーンは省略すべきでしょう。
実際のプレイでは、『お末を守る』という因縁を取った蟲サムライが(良い意味で)暴走し、仲間の静止を振り切って一人で猿婿どんの殺害に向かいました。万が一返り討ちに会っては美しくないし、シーンが冗長になりかねない。なにより、一人だけ戦闘を楽しむのでは、他のプレイヤーさんに申し訳が立たない。そこで、このシーンは蟲サムライが刀を抜いたところで終わらせ、次の日に猿婿どんの死体を引きずってきたことにしました。
そして、お末は嘆くのです。
「何故、猿婿どのを殺したのです。末の恋人が呪われた姿であったのに」
■シナリオのネタばらし
今回取りこんだ昔話のテーマは、『動物婚』『神隠し』『魔法の喪失』『猿神退治』です。
『動物婚』のテーマは、如何に異界のものとの婚姻が難しいかを暗示しています。これは、たとえ異界の存在が神であったとしても同じです。「天人女房」などですね。人は人としか結ばれないのです。異界のものとの婚姻の結果は、一方の破滅か、理不尽な離別です。
次に指摘されて気付いたのですが、本シナリオは『神隠し』のテーマも抱えています。その意味するところは、異界から人として生還することが如何に困難であるか、です。「浦島太郎」を思い出してください。異界から生還した時点で、浦島太郎は本来生きるべき時の流れから外れています。彼はすでに人ではないのです。そして、死にました。だからこそ、麻馬の呪いを解くのは困難を極めるのです。
見るなのタブーを破ったがために幸運を逃した馬鹿な男の話、「鶴女房」や「見るなの花座敷」。これらはすべて、タブーを破ったがために幸運という『魔法を喪失』する話です。あなたのお末は魔法を喪失しませんでしたか?
最後に、もしかしたら、プレイヤーが犬の太郎ざえもんを連れて『猿神退治』に向かうかもしれません。「しんぺいとうざ」を参考にしてください。
参考文献
小澤俊夫著『昔話のコスモロジー ひとと動物の婚姻譚』講談社学術文庫
浅見 徹著『玉手箱と打ち出の小槌 昔話の古層を探る』中央新書
吉田敦彦+古川のり子著『日本の神話伝説』青土社
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