ご意見・ご感想・ご質問・苦情・その他萬、こちらにお願い申し上げます。
「“刻まれし者”たちがこのまま事態を静観するならば、三日後の日の出と同時に“殺戮者”は、オクトレッドをはじめ三人のゲストから聖痕を奪うことになります。みなさん、頑張ってシナリオを解いてください」
【コラム】三日後の日の出まで、何シーンにするか?
大体、一日4、5シーンでよいでしょう。従って、二日で8〜10シーンとなります。
「PLたちが」本シナリオを理解するために必要な情報は、六つあります。
一つは、アナスタシアの正体が海妖精のアナスタシアであるということ。これはシーン2とシーン4から明らかでしょう。
一つは、アナスタシアがオクトレッドに恋していること。これもシーン2とシーン4から明らかでしょう。
一つは、クレアもまたオクトレッドに恋していること。そのためアナスタシアとクレアとの友情に亀裂が走っていること。これはシーン4から明らかです。
一つは、アナスタシアが泡となって消える運命にあること。これは、シーン2から明らかです。
一つは、ヴィヴィアンがオクトレッドの聖痕を狙っていること。これは、シーン3から明らかです。
最後に、アナスタシアが心優しき少女であるということ。これは、シーン1から明らかです。
これらの情報に、本シナリオのタイトルが「人魚姫」であることを考えあわせれば(セッションを始める前に必ずシナリオタイトルを告げてください)、「PLたちにとっては」シナリオを理解することはそう難しい相談ではないはずです。
問題は、それを「どうやってPCたちが」解決するかということなのです。本シナリオのポイントは、まさにそこにあります。どうすれば「人魚姫」アナスタシアの悲劇を止められるか。オクトレッドとクレアを助けることは容易いとしても(アナスタシアに馬鹿なことは止めるんだと言えば、元々心優しいアナスタシアのことです。すぐに自分の過ちに気が付くことでしょう)、アナスタシアが泡となって消える運命にあることをどうやって止めるか、これは結構な難題です。
なお、“殺戮者”ヴィヴィアンとの戦闘はおまけにすぎません。どうせ、ヴィヴィアンの企みを一部でも妨害できれば、ヴィヴィアンはのこのこ“刻まれし者”たちの前に現れることになるでしょう。後は、ぶちのめすだけです。
本シナリオを解決するために必要な最後のパーツは三つあります。
一つは、アナスタシアがオクトレッドとクレアとを殺すつもりであるということ(「人魚姫」でも王子様を刺し殺すか否かという選択肢が最後に突きつけられています…が、そこまで正確にお話を覚えている人はまずいないでしょう)。
一つは、“契約”が書面で締結されているということです。
そして、最後の一つ、これが一番難しいことです。アナスタシアがオクトレッドに恋を告白できない本当の理由です。
アナスタシアの殺意は、アナスタシアの仕草から連想させてください。日記、という手もあります。あるいは、ケットの口から直接語らせてもかまいません。“フェアリードクター”ケットは、妖精の心理に精通しています。
“契約”書については、<事情通>判定をさせた上で中世の契約は書面によるのが一般的であることを伝えるか、そのことをリーンかケットかの口から伝えてください。特に、“フェアリードクター”ケットは、このような妖精の手口に精通しています。なお、妖精学の分類に従えば、魔女も妖精の一種です。
アナスタシアがオクトレッドに恋を告白できない本当の理由については、シーン15に詳解しておきました。そちらをご覧ください。
アナスタシアは、通常、館の家事全般、掃除洗濯、庭の手入れ、調理をこなしています。あるいは、オクトレッドの伝令を勤めます。それ以外の自由時間は、クレアの侍女に読み書きを教わっています。青空の下、館の壁を黒板代わりに侍女がアナスタシアに教えているのです。
GMは、適当と思われるシーンを演出してください。
なお、アナスタシアは核心をつく質問に対しては、表情を堅くしたり曖昧な笑みを浮かべたり、あるいは妙に格式張った受け答えをすることで質問をはぐらかそうとします。決して即答をしません。ただ一点を除いて、アナスタシアからは有用な情報を得ることはできないでしょう。その理由及び、一点得られるという有用な情報については、シーン15に詳解しました。そちらを参考にしてください。
■ オクトレッドについて
(好きかと訊かれれば)曖昧な笑みを浮かべます。
(告白しないのかと訊かれれば)表情を硬くします。
ある程度シナリオが進行した上での問いであれば、ポケットの中に入った恋文を握りしめるという演出も面白いと思います。
(叶わぬ恋なのだから、あきらめろと言われれば)更に表情を硬くします。もっとも尋ねられたくないことの一つです。以後、“刻まれし者”たちに敵対意識を抱きます。
(“刻まれし者”たちがオクトレッドとクレアとを刺し殺す計画に気付きつつあるならば)死神の笑みを浮かべます。それはこの世のものとは思えない笑みです。アナスタシアは人間ではない、妖精であると実感できる瞬間です。
■ クレアについて
(クレアとの友情を訊かれれば)肯定します。
(クレアとオクトレッドとの婚姻について訊かれれば)沈黙をもって答えます。
■ リーンについて
(リーンのことを尋ねれば)沈黙をもって答えます。もっとも尋ねられたくないことの一つです。以後、その“刻まれし者”に敵対意識を抱きます。
(“刻まれし者”がアナスタシアをリーンに合わせた場合)まず、表情を硬くします。次に、リーンの問いかけには一切無視を決め込みます。最後に、その“刻まれし者”に殺意のこもった視線を向け、黙殺させます(<交渉>の対決判定)。
オクトレッドは、婚礼の儀の準備のため、忙しそうです。父親のカーライル男爵が招いた著名人と挨拶をしたりしています。
■ アナスタシアについて
「良く気が利く、良い娘だよ。安心して館のことを任せることができるよ」
「ああ、アナスタシアもそろそろ適齢期だからな。良い相手を捜してあげないといかんな」
■ クレアについて
「愛しい愛しい、私のお嫁さんさ」(はぐらかしながらも嬉しそうに)
「一年と少し前、私が難破したときに助けてくれたのが、クレアなんだ。彼女の懸命な看護がなければ、私は死んでいたかもしれない」
クレアは、どちらかというと、暇を持て余し気味です。騎士の妻として相応しい教養を身につけようと、侍女やアナスタシアから、家事全般や庭の手入れを学んでいることが多いと思います。そうでないときは、自室にてお茶を飲んでいます。
■ アナスタシアについて
「良く気が利く、良い娘ね。安心して館のことを任せることができるわ」
「(アナスタシアもオクトレッドに恋していると言われれば)…そう、みたい、ね…」
「(更につっこまれれば)…私が、気が付かないと思って?」
<交渉>又は<知覚>判定をしてください。成功すると、“刻まれし者”たちは、クレアがアナスタシアに対し、かすかな優越感を抱いていることに気が付きます。
■ オクトレッドについて
「ふふ…」(うれしそう)
「(オクトレッドとの婚姻について)不安といえば不安ね。ほら、あたし、ずっと戦場にいたでしょ。だから、オクトレッドがいないときにきちんと館を守れるかしら…。あたしはむしろ、オクトレッドの側で戦っている方がお似合いだからね。うん!その時は、アナスタシアに館を任せると良いわね」
シーン2でリーンから受け取った子笛を吹くと、そこに水がある限り(コップ一杯でも、水は水です)リーンが瞬く間に、それこそ距離、場所、時間を無視して、あらわれます。
■ アナスタシアについて
「…あの娘は、昔から、一途だから」
■ “契約”について
シーン14を参考に、適宜ヒントを与えてください。
多少強引でも、契約を無効にする方法ぐらいは“刻まれし者”たちに教えておいた方が、後々の進行がスムーズになります。
ケットは、多くは庭の散歩か薬草採集かで時間をつぶしています。
■ アナスタシアについて
「人魚姫という伝説はご存じでしょうか?」(GMはPLたちに、アンデルセン童話「人魚姫」の粗筋を説明してください)
「伝説には、常に何らかの真実が含まれているものです。だからこそ、フェアリードクターなんていう商売が成立するんですよ」
ちなみに、ケットははじめ、アナスタシアが海妖精であることを知りません。
■ “契約”について
シーン14を参考に、適宜ヒントを与えてください。
多少強引でも、契約を無効にする方法ぐらいは“刻まれし者”たちに教えておいた方が、後々の進行がスムーズになります。
なお、契約を解除する方法を尋ねられれば、直ちに以下のように返してきます。
「そいつは難題です。契約はすでに履行されています」
部屋を捜索すれば、元々荷物が少ない部屋です。すぐに日記、恋文、“契約”書、短剣を発見できます。
日記は、毎日の出来事が箇条書きで簡潔に書かれています。目を引くのは、ヴィヴィアンがアナスタシアにあって短剣を渡した日付です。『ヴィヴィアンに会った。短剣を渡された』と書かれています。
恋文は…まあ、改めて内容に触れるまでもないでしょう。PLたちの想像に任せてください。重要なのは、オクトレッドに対する恋文であるということであって、その内容ではありません。
“契約”書は、筒状に丸められた羊皮紙です。GMは、PLたちに文面を渡してください。
短剣は、何処にでもある短剣です。この短剣はマジックアイテムではなく、本当にただの短剣です。オクトレッドとクレアとを刺し殺すには、何もこの短剣を使う必要はありません。要は、二人を殺すことができればよいだけです。
では、どうすれば、アナスタシアは泡となって消えてしまう運命から逃れられるのでしょうか?
その答えが、“契約”書の絶対性を逆手に取るということなのです。
■ まず、考えられることは、“契約”書を破り捨てることです。
“契約”書は、“契約”書である限りにおいてその神聖なる絶対性を有することになります。ならば、その“契約”書を“契約”書でなくさせる。つまり、“契約”書を破いてしまえばよいのです。
これを法的に構成すれば以下のようになります。
中世の契約は書面行為があって初めて契約が有効となり、契約書のみが唯一絶対の証拠となっています。その契約書がなくなれば、証明が不可能である以上、裁判所はそもそも契約不存在(契約無効ではありません)を認定せざるを得ないのです。
では、如何にして“契約”書を入手するのか。
一つは、∵神移∵によってヴィヴィアンの城に乗り込み、“契約”書を奪うことです。帰りは∵模造∵か∵活性化∵に頼りましょう。
一つは、リーンに海に潜れるおまじないをかけて貰うことです(海妖精たるもの、そのようなまじないの一つや二つ、当然、心得ているものです)。そうすれば、最終決戦場はヴィヴィアンの城の中になります。後は、ヴィヴィアンを倒した後にゆっくりと家捜しするだけです。
一つは、ヴィヴィアンに“契約”書を見せて貰うことです。理由は、契約内容を確かめるとか、偽造していないかといちゃもんをつけるとか、何でもかまいません。それが面白い内容であり、かつ、<交渉>の対決にヴィヴィアンが負ける結果となれば、ヴィヴィアンは思わず“契約”書を自分の城から召喚してきてしまいます。後は、それを奪うだけでしょう。
■ 次に考えられることは、“契約”の文言を悪意を持って解釈することです。
最初に挙げた“契約”書を破り捨てるという選択肢がスマートでないと言う方は、こちらの方法がおすすめとなるでしょう。それが、解釈によって“契約”の文言を無理にねじ曲げるという方法です。
一つは、“リーンの妹”アナスタシアという一文です。
戸籍なんていう便利なものがない中世においては、その身元証明は如何にも頼りないものでした。それが、“リーンの妹”というこの頼りない一文に現れているのです。
そこで考えられる方法が、リーンにアナスタシアという妹など居ないと証言して貰うことです。契約当事者がいない以上、“契約”ははじめから存在するはずがありません。
しかし、これはリーンにとって、辛い決断です。なにせ、口だけではなく、アナスタシアが『本当に』赤の他人であることを証言することを要求するからです。裁判とは神聖な儀式です。そこで為される証言もまた、神に誓う神聖なものです。一度証言した以上、それは真実となります。リーンがこのように証言すれば、リーンはアナスタシアと文字通り、赤の他人となります。“刻まれし者”があらかじめリーンを説得していない限り、この方法を認めてはいけません。
次に考えられる方法が、アナスタシアという名前の妹がいないリーンに、アナスタシアなどという人物は存在しないと証言して貰うことです。ここで、リーンを馬にするとさらに面白いと思います。馬のリーンを見せられ、口をあんぐりとするヴィヴィアン。いかにも見物ではありませんか。
一つは、『我が意中の人の心を己のものにできぬ時は、』という文言です。ここには、意中の人がオクトレッドであるとは一言も書かれてはいません。そこで、オクトレッド以外に意中の人を見つけ、その人の心をものにできればよいのです。
すなわち、アナスタシアと“刻まれし者”とで、ラブロマンスをしようということです。ここは一つ、PLに甘い恋の囁きというものをたっぷりとロールプレイしていただきましょう。ダイス判定に逃げるなどという姑息なまねを許してはいけません(笑)。もちろん、恋を囁くにしても、アナスタシアにだって選ぶ権利があります。その恋の囁きの前に、アナスタシアにとってその“刻まれし者”が魅力的に写っていることが前提条件となります。
■ 少し卑怯な手として、合意解除契約の文書を偽造するという手があります。
契約書が絶対ならば、偽造された契約書も、偽造であることが露見しない限り、また、絶対であります。
結果、“契約”は解除されたことになります。契約を解除すれば契約は遡及的に無効となります。
■ ここからは、GM・PL共にかなり高度な法知識を有することが前提となります。
一つは、マーテルにヴィヴィアンの罪を糾弾させる方法です。
ヴィヴィアンを魔女の罪で告訴し(刑事法)、そこから教会法を引きまくって、ヴィヴィアンの権利能力を否定するに到るという方法です(民事法)。
しかし、この方法は、まず、教会裁判所に管轄がある旨の宣言を行った上に、本来刑事上の問題であるところの魔女の罪を最大限に利用して民事上の権利能力を否定するという、壮大な法構成(早い話がレトリック)をうち立てる必要があります。これは、そのPLに相当な法解釈能力、法制史の知識が要求されます。あまり現実的な方法ではないでしょう(かく言う私も、かなり怪しいラインでしか思いつけませんでした)。
一つは、もう少し現実的な線で、カーライル男爵に本“契約”の裁判について管轄外である旨の宣言をして貰うことです。
すなわち、ここで訴権という概念を持ち出すのです。訴権とは…極めて簡単に言うと、ローマ法の伝統で、裁判の判決がなければ権利は権利として認められないという法制において、その権利者に認められた裁判所に訴える権利を意味します。訴権を原則とする法制である以上、裁判の判決を得ない限り、契約は有効にならないことになるのです。その上で、カーライル男爵には本“契約”についての裁判管轄権がない旨宣言して貰います。その法律構成は、そんなに難しいものではありません。海の中にはカーライル男爵の支配権が及ばない以上、カーライル男爵の裁判管轄権も当然に及ばないと言えばよいだけです。
以上から、「契約が有効となるためには、裁判が必要である。しかし、カーライル男爵には裁判管轄権が認められない。裁判ができない以上は、その契約は当然に効力を有しない」と、こういう事になるわけです。
なお、カーライル男爵に裁判管轄権がないならば、海妖精たちに裁判をして貰えば良いではないかという意見は、『故意的に』無視します。これはPLたちに告げてください。
■ 最後に、想定問答集を用意しておきました。
Q アナスタシア、ヴィヴィアン共に女性であり、彼女たちには権利能力が認められないのではないか?
A 確かに、中世では女性に権利能力(契約をしたりする能力)が認められてこなかったと聞いたことがあります。
しかし、どんな場合においても、常に例外は用意されているもの。時に女性でも権利能力が認められることがあったとも聞きます。今回はその例外を満たしていると考えます。
また、アルカナの世界においては、女性が聖の世界で優位に立っています。法もまた、かつては俗世界ではなく、聖の世界に属するものであると考えられてきました(教会法の発達)。そうである以上、アルカナの世界においては女性にも権利能力は認められている可能性は十分にあると思います。
Q 本“契約”は不平等な契約ではないのか?
A 本“契約”では、フィニスの聖痕と人間の脚を引き替えるという、対価的交換が成立しています。そこになんらの不平等はありません。アナスタシアが泡となる運命は、“契約”の“対価”ではなく、“魔法”の“代償”にすぎません。
また、アナスタシアとヴィヴィアンは、以上の契約条件に「合意」した上で契約を締結しています。両者に「合意」がある以上、何ら問題はありません。お互いが「合意」している以上、そこに不平等などあるはず無いのです(そもそも中世においては、権利濫用や信義則違反、公序良俗などという法理論はありません)。
Q アナスタシアは未成年である以上、“契約”は取り消せないか?
A アンデルセンの「人魚姫」では、人魚姫は成人の儀式を経たからこそ、海面上の世界を眺めることを許されています。
従って、シナリオ「人魚姫」でも、アナスタシアは成人していると考えます。未成年取消は認められません。
Q “契約”を詐欺取り消しできないか?
A アナスタシアは、声を失うこと、泡となる運命にあることに同意した上で、“契約”を締結しています。
しかも、ヴィヴィアンは、決してオクトレッドと結ばれないであろうことすら、アナスタシアに告知しています。今時の契約でも珍しい、徹底ぶりです。詐欺取消のみならず、告知義務違反による契約解除も叶いません。
Q ヴィヴィアンの代筆は有効か?また、それはどのように証明されるか?
A ヴィヴィアンの代筆はアナスタシアの同意のもと行われている以上、有効です。
アナスタシアが“契約”書を保有していることが、その証拠となります。GMは、ここはPLの意見を突っぱねてかまいません。なんでしたら、ヴィヴィアンの手下12人に、代筆の有効を証明させてください。12人が証明した以上、その証言は真実として採用する必要があります。
Q “契約”は解除できないか?
A ヴィヴィアンは一切債務不履行を犯していません。アナスタシアの一方的解除は不可能です(単独行為による解除)。
また、合意解除による場合も、ヴィヴィアンが首を縦に振らない限り、「合意」解除は成立しようがありません(契約による解除)。
Q 『我が意中の人の心を己のものにできぬ時は、』という文言はどのように解釈すべきか?
A 基本的に、相思相愛になるということを意味します。現代の恋愛観に合わせて、独占愛を意味します。これはすでにアナスタシアとヴィヴィアンとの間で意見が一致するところです。
ひねたGMの場合は、中世の倫理観に合わせて、肉体的関係を意味すると考えてもかまいません。
この場合、オクトレッドとアナスタシアとで、肉体関係が結ばれれば、アナスタシアは泡となることはないでしょう。
方法は…童話的、神話的手法を考えれば、いくらでも思いつくことでしょう。みなさんの創意工夫にお任せいたします。
ただし、このような解決方法は、アナスタシアとクレアとの心に深い傷を残すことをお忘れなく。最悪、アナスタシアとクレアとは“刻まれし者”たちを宿敵としてつけねらうことになります。妖精や女性の恨みは…怖いですよ。
さて、ここまでお読みいただければ、アナスタシアを説得することが如何に困難であるかが理解できると思います。その内容が、アナスタシアの恋の行方を応援することであっても、“契約”を無効などする事に合意させることであってもです。
ただ励ますだけでは逆効果です。励ますだけでやる気が出る者を意気地なしとは言いません。現実でも、むやみに励ました結果、誰も自分の苦しさをわかってくれないと自殺することもあるくらいです。他人にはどうでも良いことこそ、自殺者にとっては、深刻な問題なのです。これは、理屈ではありません、感情的な問題なのです。
安易に手助けすることも考えものです。結局、人を頼ったことになります。それではアナスタシアは成長することはないでしょう。アナスタシアは甘いのです。
ならば、いっそのこと叱責し、張り手の一発でもお見舞いした方が『まだ』ましでしょう。さんざん貶して(けなして)やってください。悔しさこそ、行動の原動力となります。もちろん、やりすぎては逆切れする恐れもありますから、ほどほどに。
最善の策は、問いに対し問いをもって答え、アナスタシアが自発的に動くのを待つことです。結局、自分のことは自分で決着つけるしかありません。人を頼っては根本的解決などあり得ないのです。そのことをアナスタシアに悟らせる受け答えが必要です(臨床心理を専攻したカウンセラーでなければできない芸当とも言いますが…)。
【コラム】アンデルセン童話に見られる自己愛最初に告白しましょう。
実は、私はアンデルセン童話が大嫌いです。
昔話を愛する者にとって、アンデルセン童話で描かれる世界は、都合の良い「つくり話」だからです。アンデルセン童話の世界は、昔話を都合良く改編し、甘い甘い物語に仕立て上げたものです。昔話といった「本当の」ファンタジーが描くシビアな現実ではなく、自分に都合の良い、子供だましの、ただ、美しい世界を描くことで物語の本質をぼやかしてしまう、欺瞞に満ちた、甘ったるい自己愛の物語に思えて仕方がないのです。昔話は、一見のどかな景色の中で、そこにシビアな現実、どうしようもない感情を、鋭く描いています。例えば、シナリオ「猿婿」で私が示したとおり、昔話「猿婿」では、「猿に対する嫌悪」というどうしようもない感情、何よりもシビアな現実を、さも当然のことのように描いています。通常では見落としてしまいそうなほど、さりげない描き方です。見落としてしまいそうなほどさりげないが故に、その真実に気が付いた者にとって、どうしようもないほど物語が胸に深く刺さるのです。これは、物語がシンプルであればあるほど効果的な演出です。昔話は、淡々とした、必要最小限の演出、風景描写、心理描写によって最大限の効果を得ている物語群なのです。あくまで、のどかな風景は本当に描きたいものを描くための前座にすぎません。のどかな風景とシビアな現実、このコントラストによって、本当に描きたいものの本質を見事に浮かび上がらせる。それが昔話の演出手法というものなのです。グリム童話研究の第一人者マックス・リューティーは、これを「逆説的表現」「倒錯」と呼びます。
それに比べると、アンデルセン童話は、無意味に誇張された風景描写が目に付きます。それは特に、美しさを表現するときほど過度の表現となっています。アンデルセンが詩人だからなのでしょうか、演出のために演出をしているような印象を抱いてしまうのです。これが、アンデルセン童話を好かない理由の一つです。あまりに、表現が美しすぎるのです。これでは、本当に描きたいものが霞んでしまいます。そしてもう一つ、私がアンデルセン童話を好かないのには理由があります。
それが、あまりに主人公に都合の良い物語であるということです。物語全体が自己愛、エゴに満ち、自慰を眺めるような居心地の悪さを感じてしまうのです。
アンデルセンの生涯は愛に欠けた人生だったと聞きます。いくら幸せ、恋愛を求めても、その腕からするりと幸せが逃げていく、求めれば求めるほど、幸せから遠ざかる。アンデルセンが生涯29回にわたり海外旅行をしたのも、決して満たされることのない心の潤いを求めてのことだと言われています。そんな虚脱感、失意の中で描かれる物語が、己のエゴに満ちたものとなるのは必然だったのでしょう。結果、アンデルセン童話の主人公の多くは、能動的に幸せを求めることなく、世界に対し受け身となっています。黙して語らず、不満を挙げず、都合の良いように自分の中に世界を創り、その世界に酔いしれる。そんな物語ばかりなのです。
考えても見てください。
「人魚姫」の主人公は確かに魔女に声を奪われました。
しかし、それは魔女にとっては何ら責められる覚えのないことです。魔女はただ、魔法をかけるのに対し、正当な報酬を求めただけです。何も命まで奪おうというのではありません。魔女の言うとおり、声が無くとも、「そんなに美しい姿や、軽い歩きぶりや、ものをいう目がある」のです。いざとなれば、本シナリオのように、文字を覚えて恋文を書くこともできます。いくらでも想いを伝えることは可能なのです。そもそも、人魚姫には、王子様と最初に出会ったときに告白するという機会すらあったのです。でも、人魚姫は結局、王子様の近くにいるという現状のみで満足していました。物語の最後も、泡になった人魚姫は、神の愛により空気の精になることで都合良く救済されています。
私が、アンデルセン童話を欺瞞に満ちた自己愛の物語と嫌悪するのは、こういう事なのです。
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